「元気に」よりも「うまく」暮らしたい

 こんにちは、九月に入ってぐっと涼しくなりましたね。羽織りものがないと外では肌寒く感じるようになってきました。私は夏の終わりに素敵なカーディガンを買ったので、よくそれを着て近所を散歩しています。約束ごとのない外出は気楽でいい。ここ一週間くらいはどうにも調子が悪く寝込み気味だったのですが、またぼちぼちお出かけを再開していくつもりです。

 もう空気が秋ですね。私は秋がだめです。あの冷たくて乾いた匂いを嗅ぐと、叫び声を上げて逃げ出したくなります。昔はあの匂いが嬉しかった。四季の中でも一番過ごしやすく、食べ物もおいしい、すばらしい季節。だけど今は、春が来た時点でもう「春だなぁ、きっとすぐに暑くなるんだろうなぁ、そうしたらあっという間に秋だなぁ、あーつらい」と憂鬱になるほど苦手です。

 なぜかというと、病気の記憶が蘇るから。以前にも少し書いたかもしれませんが、大学二年の初秋、私は体と心のバランスを崩して、病院に通うようになりました。人の多いところに行くと息が苦しくなって、自分がどこかに行ってしまうような感覚に襲われる。思考が散り散りになり、ちょっとした手仕事につまずくことが増える。夜に眠れなくなり、巨大な感情に襲われてはおいおい泣く日が続く。そんなふうに気持ちが大きく波立つこともあれば、水の中に潜ったかのように色々なものを遠くに感じることもある。ひっきりなしに針が振れ、ニュートラルな自分というものがいなくなってしまう。電車が怖くて大学にも行けない。ご飯が食べられずお風呂にも入れない。一人暮らしの部屋は散らかりを通り越して荒廃している。何をするのにも不安感が呼び起こされ、ポストの中を見るのが怖く、メールも返せず、電話にも出られない。あらゆる生活の義務を取りこぼすようになり、お金がないわけでもないのに電気がしょっちゅう止まる。あの静かで冷たい、秋の部屋の空気。結局、冬が来る前に実家から迎えが来ました。


 数ヶ月の療養を経て東京に戻っても、ごっそり減った体力と気力は元に戻らないまま。何をしても疲れるし、少し元気になったと思えばすぐに揺り戻しが来る。一年経ち、二年経ち、病院で薬をもらわなくなっても、「元通りの自分」にはなれませんでした。これまで苦痛なくできていたことが、ことごとく思うようにいかない。「調子が悪いのが普通」というのがしっくりきますが、これが病気なのか体質なのか性格なのかも、もはや曖昧です。五年経った今でも、体調と気分の波に翻弄される生活はあまり変わっていません。

 夏が終わり、空気の匂いが冷たく冴えてくる。あの一番苦しかった時期に、体と心が引き戻されるような心地がします。息がうまく吸えなくなり、ぼんやりとした不安に動悸が激しくなる。最近はそこそこ調子よく過ごしているつもりだったのですが、やはり秋は強いです。

 毎年この季節がやってくるのがつらい。まだあの頃から抜け出しきれていないことを思い知るから。
 ですが、それだけではありません。少しずつ、にじるようにして遠ざかっていることもまた、この季節になると実感するのです。

 たとえば、一ヶ月のうち寝込んでいる日数は毎年徐々に減っているし、外に出かけようと挑戦したときの成功率も上がっています。気分の上がり下がりも年々ゆるやかになっている。ものをよく食べるようになり、夜を穏やかに過ごせることも多い気がする。そうしたささやかな変化は、日々の生活の中では気づけずにいたりするのですが、毎年やってくる「秋」という季節は、定点観測のようにその動きを自分に確認させてくれる機会でもあるのです。

 少しずつだけど、やっていけるようになっている。そう思ったときに私の頭に浮かぶのは「元気になったなぁ」ではなく「技術がついたなぁ」です。ステータスアップではなく、スキルアップ。
 自分の限界を把握すること。予定を詰めすぎず、他人の言葉には甘えること。できないことを「やります」と言わずに「ちょっと様子見で、できたらでいいですか」と聞いてみること。音や光や人混みなんかの刺激が強い場所はなるべく避けること。疲れたらためらわず横になり、天気の悪い日はもう諦めること。食事はプレッシャーを感じない方法で小まめに摂ること。なんだか調子がおかしいと思ったら、とりあえず温かいものや甘いものを口に入れてみること。気分が沈んだら散歩に出かけて、体が重いときは銭湯に行くこと。自分を責めず、無理なことは「ちょっと無理ですね~」と言うこと。


 これらはみんな生活を「うまく」やっていくための技術で、ここ数年はその技を身につけていくための期間だったなぁと感じます。元気はそれほど増えていません。きっとこの先も、すくすくと元気に暮らしていくのは難しいでしょう。だから、なるべくうまく暮らしたい。完璧にうまくやるのは難しいから、小手先の技術でいい、少しずつうまくなっていきたい。そう思いながら生活を続けています。

 正直、これからどんどん秋が深まっていくのは恐ろしいです。しかも秋が過ぎたら寒くて暗い冬がやってくる。「絶望的!」と叫びたくなります。布団に泣きながら突っ伏して、長らく動けなくなることだってあるかもしれません。


 なので今日のお便りは、来月、そして再来月、そのまた次の月、あるいは来年の自分に向けて書いているものでもあります。色々と難しいことはあるだろうけど、つらくてもしんどくても、少しずつ生活がうまくなっていることを忘れずにいてください。昔の私が楽しみで仕方なかった、秋のおいしいものたちのことも。